第一章_生命与能动性
第一章 生命と能動性:意識問題の再提起
哲学史における意識をめぐる問題は、繰り返し以下のように再パッケージ化されて提示されてきた:
- 心身二元論(デカルト:心と物質は二つの実体である)
- 情報理論的意識(IIT、グローバル・ワークスペース理論:意識は情報統合の産物である)
- 主観的体験の問題(「いかに感じられるか」という問い、what it is like)
これらのアプローチはそれぞれに洞察を含んでいるが、一つの根本的な盲点を共有している。それは、いずれも生命から切り離して意識を語っているということだ。
二元論は心を独立した実体として扱い、情報理論は意識を抽象的な情報フローと同一視する。現象学は体験そのものの記述に固執する一方で、その体験の因果的起源を問おうとしない。
しかし、最も基本的な事実が見落とされている:
意識は決して生命から離れて存在したことはない。
鉱物に意識はなく、岩石にも意識はない。結晶は長期にわたって存続し得るが、能動性を備えてはいない。
意識が意識たり得ているのは、それが、代謝を行い、自らの構造を維持し、環境の中で生存し繁殖するシステムに属しているからにほかならない。
したがって、本書の核心的命題は以下のものである:
意識の本質は、生命の能動性の構造的表現である。
ここで言う「能動性(agency)」は、単なる哲学的な空言ではなく、厳密な生物学的制約を伴っている:
- それは具体的な物質構造に依存する
- それは代謝の維持と散逸構造から生じる(参照:プリゴジンの散逸構造理論)
- それは選択圧を経て保存され、複雑化する
- それは構造に先立って存在するものではない
- 「生命のない意識」は存在しない
意識は宇宙に漂う霧のようなものではなく、生命構造が作動する様式の一部なのである。
